梶谷忠司 (かじたにただし)芝寿し会長
1913(大正2)年大阪生まれ。大阪市立天王寺商業卒業後、製菓会社に丁稚奉公、20歳で菓子製造業を自営。1939(昭和14)年、妻さわ子と結婚後、同年日中戦争に応召。中国の戦線を渡り歩き1946(昭和21)年帰国。疎開先の金沢で父と製塩業始める。さらに喫茶店、古着店、化粧品店、趣味の店、ボタン店、洋装店、毛糸店、東芝のショールームなど10回転職。汗と才覚を武器に、1958(昭和33)年、芝寿しを創業。笹寿しをはじめヒット商品を連発し、北陸で43店舗、年商42億円、従業員数400人の食品製造・販売会社に育て上げた。92(平成4)年、社長を長男に譲り、会長に就任。
「われら人生60から」という唄を作詩したり、西式健康法を続け、80歳ではスイス旅行も。